今なら書けると思ったので記事にしようと思う。
ブログをやっている人は何かしら目的とか、訴えたい事があってブログをやっているだろう。富士丸のとうちゃんの穴澤さん場合は、見ている人に犬と一緒に暮らす幸せを届けたい事と、犬を飼う手段の一つとして里親募集サイトを利用する事を広めたい事。とうちゃんもその一人。
ブログを初めて4年半。とうちゃんもやっとブログを始めたきっかけの一つを書こうという気持ちになれた。

それは成犬譲渡の可能性。
ボンは2歳でうちの子になった。そして、とうちゃんは猫こそ子供の頃から飼っていたが、犬を飼うのは初めて。しかも、既に成犬のシェパード。さらに言うならボンは訓練を受けていない。
嫁は子供のころから柴犬と暮らしていたが、普通で考えれば無謀な事だったろう。
ボンがうちに来た頃はとても悩んだと思う。散歩で犬を見るだけで火が着いたように吠え狂う。リードを持つとうちゃんでさえ引き摺られそうになった事をよく憶えている。

あの頃は本当に悩んだ。いろんな大型犬のサイトを見ては主宰者に電話で相談もしたものだ。街でシェパードを散歩させている人を見つけると、車を停めて駆け寄っては、ボンが大人しくなるヒントを得ようと話しかけたりもした。
そして、運命を変えるドッグトレーナーさんに出会って、ボンとの素晴らしいワンコライフが始まった。
とうちゃんは特別に努力をしたとは思っていないが、自分なりに執念を燃やすことができたと思っている。

前にシェパードを多く引き取って里親さんを探してる人の里親募集記事を読むと「シェパードという犬を理解されている方希望」と見た事がある。この意味ってどんな意味なんだろう?
おそらく「シェパードは訓練してこそシェパードになる」と考えているか「シェパードもラブも小さい犬も同じ犬。シェパードを特別視しないで犬として普通に扱える」のどちらかだと思う。
とうちゃんがここで訴えたいのは明らかに後者の方。

こんな事を書くと批難を受けるのを承知で書くが、とうちゃんは訓練と言うものがあまり好きではない。
いや、訓練は否定はしない。訓練をする事で犬が生きがいをで得られることもよくわかるし、訓練をする事でワンコと飼い主さんの関係がよくなる事がたくさんある事もわかる。
正確に言うと、ボンを預けた訓練所の所長の言葉がとても受け入れられないと言う事だろう。
ボンを預ける時に「2歳では訓練しても遅い」と言われた。当時は悩みに悩んでいたので、それでもお願いしようと思ったが、果たして2歳で遅いものなのだろうか?
とうちゃんは2歳でも全く遅くはないと思う。所長には警察犬にしてくれと頼んだわけではない。なのに、どうして2歳で遅いのだろうか?普通に家庭犬として過ごすのに2歳で遅いと言うのはあまりにも希望がない言葉だと思う。
>ボンは訓練所から帰ってきても、ほとんど変わる事はなかった。変わったのは自分達が心を入れ替えてから。
むしろ、ボンがボンらしさを保って帰ってきたのはよかった事だったのかもしれない。結局は自分達で努力しない事には自分の犬を変える事はできないのだ。
訓練所は犬と暮らしてる人からみたら駆け込み寺だと思う。犬と上手く関係を築けなくて相談に行く。素人からすると訓練所の所長の言葉はとても大きく感じるだろう。
そのような人が普通に散歩が出来るようになるのに、「2歳で遅い」と言うのはあまりにも希望がないだろうか。
そう言われて自分の犬を保健所に持って行く人もいないとも言いかねない。

今、震災の影響でたくさんのワンコが保護されている。震災でなくても、家族を待つワンコやニャンコはたくさんいてるだろう。保護団体でも飼い主が見つかる可能性の高さを考えて、純血の小型犬ばかりを対象にしてる団体もある。
里親募集サイトではたくさんの成犬の記事が掲載されている。
とうちゃんがここで訴えたいのは、仔犬からでなくても、とうちゃんのように犬を飼った事がない人でも、大型犬のシェパードとも普通に暮らす事はそんなに難しい事ではないと言う事。

シェパードは訓練所に預けてからでないと飼えない犬ではないし、スパイク首輪でないと散歩できない犬ではない。
一緒にいっぱい遊んで、家族と楽しく笑う。たったそれだけでもプロの訓練士にも育てれない自分達の可愛い家庭犬に育てあげる事はできるのだ。
新しく犬を迎えようと思う人たちから、「成犬の大型犬」の選択肢を持ってくれる人が少しでも増えることを心から願っている。
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